インタビュー

【取材】ブロックチェーンはなぜ社会に広がらないのか?歴史や事例から見る実装の壁|専修大学 小川健 教授

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ブロックチェーンや暗号資産が登場し、技術的には大きな進歩を遂げた一方で、いまだ社会に実装されるとは言い難いのが現状です。

制度や価値観とのギャップ、投機ブームの反動、そして使いやすさや仕組みの複雑さといった課題により、その可能性は一部にとどまっています。

本記事では、これまでのブロックチェーンの歩みをたどりながら、社会実装に向けた本質的な課題と、乗り越えるために必要な視点について専修大学・OGAWA先生に詳しくお話を伺いました。

プロフィール

小川 健(たけし)

専修大学 経済学部(国際経済) 教授。名古屋大学理学部(数学系)卒、同大学院経済学研究科にて博士号取得。専門は近経貿易理論、水産物貿易(理論)。また、大学教育の中で暗号資産・ブロックチェーンをどう扱うかに取り組んでいる。

─これまでの暗号資産業界の流れを踏まえ、現在の状況をどのように捉えていらっしゃいますか?

暗号資産やブロックチェーン技術について、すごく強く感じているのは、「せっかく優れた技術として出てきたのに、なかなか社会に広がっていかないもどかしさ」なんです。

もともと暗号資産は、これまで社会が依存してきた中央集権的な技術や仕組みに対する“オルタナティブ”として登場しました。技術的には意義のあるものだったはずなんですが、いざ社会がそれを取り入れようとすると、どうしても旧来の制度や考え方に縛られてしまい、なかなか応用の幅が広がらなかった。その結果、今も「一部の人だけが使っているに過ぎない」という状況にとどまっています。

このような話は、実はAIの分野にも似た歴史があると思っています。過去にも2回か3回、大きなAIブームが来ましたけど、いずれも途中で立ち消えてしまった。でも、今の生成AIのように社会に浸透してきたのは、わりと最近のことですよね。当初は「AIといえば自動運転」みたいなイメージだったのが、今はChatGPTの影響もあり一気に生成AIのほうに注目が集まっている。そう考えると、社会の準備や文脈が整わなければ、広がらないと思います。

暗号資産も同じで、これまでにも2017年、2021年、そして2024年と、大きな波が何度も来ている。でもどれも、社会に根付く技術革新というより、投機的なブームで終わってしまったという印象が強い。そういう意味では、まだ本当の意味で社会に浸透するには至っていないと思います。

特にビットコインに関して言えば、2009年に登場して以降、さまざまな新しい技術が登場しているにもかかわらず、今もなお時価総額1位を維持していますよね。でも、実際に社会実装していく上では、当時は想定されていなかった課題。たとえば電力消費の大きさや処理速度の遅さといった問題が明らかになってきていて、もはや、ライトニング技術などを利用した延命状態に近いんじゃないか、と感じています。

たとえばXRP(旧リップル)を利用したリップル・ネットワークだと、将来的にもっと優れた技術が出てきたときに乗り換えられるような設計がなされているんです。でも、ビットコインにはそういう仕組みがなく、半減期の仕組みだけでは不十分。だから、「今よりも良い選択肢がある」と分かっていても、なかなかみんなが乗り換えられないという状況に陥っている。

しかも、ビットコインが使われ続けている理由の一つが、「時価総額が一番大きいから」というだけだったりもする。専門用語で「ブリッジ通貨」と言うのですが、他の暗号資産を取引するときの"橋渡し役"として、仕方なく使っている、みたいな面があるわけです。本来であれば、もっとエネルギー効率がよくて処理性能の高い技術に移行していくべきなのに、それができない構造になってしまっている。これは技術の社会実装という観点から見ても、かなり大きな足かせだと感じています。

─インターネット黎明期と似ているとよく言われますが、今のブロックチェーンと同じような時期はあったのでしょうか?

そうですね、たしかに“黎明期っぽさ”という意味では、インターネットにも似たような時期があったと思います。

ただ、ひとつ注意しておきたいのは、インターネットって最初から一般向けに生まれた技術じゃなかったんですよ。もともとは冷戦時代、アメリカが旧ソ連に対抗するために、軍事目的で開発したネットワークなんです。

たとえば、当時は国防総省にある中央のコンピューターが攻撃されると、全体の機能が止まってしまうリスクがあった。そうならないように、「一か所がやられても、他が生きていれば機能する」っていう分散型の発想が生まれて、それがインターネットの原型になったんですね。実際にそうしたリスクがあったんだ、ということは、2001(平成13)年の9.11同時多発テロで、USA国防総省が狙われたことを見ても分かります(当時は冷戦時代で旧ソ連の核爆弾が心配されていたわけですが)。

その後、冷戦が終わったタイミングで民間に開放されて、そこから社会インフラとしてどんどん発展していったわけです。

ただ、だからといって最初から「はい、自由に使ってください」という感じだったわけではありません。たとえば電子署名として、賃貸物件の更新にも使われるクラウドサインのような形が出てきたとしても、「これは法的に有効です」と国が認めてくれるには、法律の整備が必要だったんです。技術的にはできても、制度が追いついてない。そういう意味では、今のブロックチェーンとすごく近い状況だったと思います。

つまり、技術が先に進んで、社会や制度が後から追いかける。そのズレの中で、「これって使って大丈夫?」「信用していいの?」っていう、不透明な時期がどうしても生まれる。ブロックチェーンをはじめとする分散型台帳技術も今まさに、そうした過渡期にあると思っています。

*ここではブロックチェーンより広い概念として分散型台帳技術という言葉を使っています。

ここで大事になってくるのが、ルールの整備なんですよね。最初にざっくりでもいいので、「こういう考え方でいきましょう」っていう枠組みを作っておかないと、「何が足りないか」さえ議論できない。出発点がないと、改善もできないんです。

ルールの作り方にも、たとえば「最も困っている人を最も持ち上げられる形で救う」っていう義務倫理的なアプローチもあるんですけど、技術が急速に進展している時期は、誰が一番困ってるのかすら分からない。だから、現実的には「より多くの人にメリットがある形にしよう」という功利主義的な考え方、つまり“最大多数の最大幸福”でルールを作っていくことが多いんです。

後から「このルールじゃカバーできない人が出てきたね」となったら、そこを追加や修正していく。そうやって段階的に制度を整えていくわけです。

ここを放置してしまうと、技術ばかりが進んで、制度が追いつかないまま「これって脱法じゃない?」みたいな話になってしまう。実際、かつてのオンラインカジノとか脱法ドラッグの問題も、そういう制度の空白から生まれました。ブロックチェーンや暗号資産も、その二の舞になりかねない。

だからこそ、制度の初期設計を用意する必要があると思います。

──技術的な価値はたしかにある

とはいえ、技術としての価値は間違いなくあります。特に大きいのが、「トラストレス(信用不要)」という仕組みですね。誰も信用できないという極端な前提でも、仕組みだけで取引が成立する。これは、ビットコインのオリジナル・ブロックチェーンがもたらした非常に大きな革新だったと思います。

もうひとつがイーサリアム・ブロックチェーンで出てきた「スマートコントラクト」です。たとえば、Suicaで自販機から飲み物を買うときのように、お金とモノが揃った瞬間に自動で取引が成立する。そしてその取引記録は、改ざんされることなくしっかりと残る。これと同じような仕組みがイーサリアム・ブロックチェーンなどには設計されています。詐欺やトラブルを防ぐという意味でも、すごく意義のある仕組みですよね。

──暗号資産は決済として機能が注目されています。ステーブルコインの通貨として役割をどのようにご覧になっていますか?

まず、「ステーブルコインには裏付け資産を持たせるべきだ」という点は非常に重要ですよね。平時は別にそうでもない方法も実はありますが、有事のときには「いつでも換えられる」という状況になっているかどうかはかなりの安心感として差になる場合があります。一方で、裏付け資産の無い状況の方が作りやすい反面、脆いと言えます。

少し前に話題になったTerraUSDの事例が、まさにその典型でした。

あれは「無担保型」のステーブルコインで、「1枚=1アメリカドル」と謳っていたものの、実際にはその価値を支える実物資産やドルの準備がなかった。仕組みとしては、アルゴリズムで価格を安定させるよう設計されていたんですが、プログラムにちょっとでも不具合があると、あるときあっという間に崩れてしまうんです。

結果として、ある日突然価値がガクンと下がって、一気に信頼を失ってしまった。

こういうことが繰り返されてしまうと、「ステーブルコイン=安定した価値を持つ通貨」という前提そのものが疑われてしまいますよね。

──価値を安定させるにはどうすれば良いのでしょうか?

「通貨の価値をどう安定させるか」という話になると、実は色々な方法があるのですが、ひとつの方法として「カレンシーボード」っていう仕組みがあります。

これは、発行する通貨に対して、同じ価値の外貨、つまり“裏付け資産”をしっかり準備しておく制度なんですね。この方法は金本位制あるいはその前の金銀複本位制などの頃からある発想で、金などの代わりに信用できる外貨で裏付けておくのがカレンシーボードです。

今でもこの制度を使っている代表例が、香港ドルです。

実は香港ドルは、香港金融管理局というひとつの中央銀行で紙幣を発行しているわけではなくて、香港上海銀行(HSBC)、中国銀行(香港)、スタンダードチャータード銀行など、3〜4行での複数の銀行が発行しています。絵柄も違うので「違うもの」と認識しても不思議ではありません。

でも、それでも全部「香港ドル」として同じ価値で流通している。なぜかというと、各銀行が発行する香港ドルと同じ額の米ドルを、香港金融管理局にちゃんと預けているからなんです。この仕組みに近いことは、香港金融管理局が出来る前の1983(昭和58)年頃から実は始まっています。当時は香港がまだ返還前でしたけれどもね。

つまり、銀行が「この分の香港ドルを発行したいです」となったら、その金額に相当する米ドルを管理局に差し入れなきゃいけない。ドル安をトランプ大統領が望んで米ドルの価値は落ちているとは言え、まだまだ米ドルは世界の基軸通貨ではあり続けています。だから、「この香港ドルはいつでも米ドルに交換できますよ」という安心感があるんですね。

この仕組みが力を発揮したのが、1997(平成9)年のアジア通貨危機のときです。

あのときは、タイのバーツを皮切りに、インドネシアのルピア、マレーシアのリンギット、韓国のウォンなど、東南アジア〜東アジアの通貨が次々と暴落していきました。でも、そうした中で唯一、香港ドルだけは踏ん張って、価値を維持できたんです。

それはまさに、カレンシーボードが効いたからなんですよ。実際、当時香港は保有していた米ドルのうち、3分の1くらいを市場に投入して、香港ドルを買い支えました。「いつでも交換できる」ということを、ちゃんと行動で示したわけです。

逆に言えば、他の国の通貨はそこまでの裏付けがなかった。中央銀行が懸命に介入しても限界があって、最終的に通貨の価値がズルズルと下がってしまったんですね。当時もヘッジファンドの力は非常に強大で、少し前の1992年に起きたポンド危機では、あのイングランド銀行でさえ歯が立たなかったんですから。これを止めるには「いつでも交換できる」安心感が必要です。

ステーブルコインも同じで、「いざというときにちゃんと交換できますよ」っていう状態を保てるかどうかが、安心感や信頼につながる。だから、「信用が崩れそうなときに、しっかり対応できる体制があるかどうか」っていう備えの部分が、本当に大事なんです。

──裏付け資産があるステーブルコインなら安心なのですか?

実は、それでもリスクはあるんですよ。

このやり方にも注意点があり、たとえば「現金をそのまま積んでおくのはもったいないな」と思って、国債に変えたり、預金に回したりしたくなるんですね。それなりにうまくやれてる国・地域もありますけど、失敗した国もあります。

たとえば2002(平成14)年のアルゼンチン。あのときは、通貨の裏付けとして「米ドル建てのアルゼンチン国債」を積んでいたんですが、当時のアルゼンチン国債はそこまで信用されていたわけではないため「それ、米ドルじゃなくてアルゼンチンの国債だよね?」と見なされて信用を失い、一気に通貨の価値が崩れました。

つまり、「裏付け資産がある」と言っても、それが何なのか、ちゃんと信頼されるものかどうかがすごく大事なんです。ただ積んでるだけじゃ意味がない。

もうひとつ象徴的なのが、2023(令和5)年に起きたUSDC(USDコイン)の一件です。USDCは「1枚=1アメリカドル」で設計されたステーブルコインで、発行元のCircle社がアメリカの中堅銀行に資産を預けていたんですが、その銀行がまさかの破綻してしまいました。

アメリカは、日本のように「預金は1000万円とその利子まで保証します」みたいな制度(ペイオフ)が明確に整っているわけではないので、「この預けた資産は、返ってくるの?預金は保護されるの?」という不安が広がりました。そうなると当然、USDCの信用も揺らいで、一時的に価格が下がってしまった。

たとえ「発行者が直接触れられないよう信託しているから安全です」と言っても、預金の形だと預け先の銀行が倒れてしまえば意味がないですよね。「そんな銀行を選んだ責任は?」という話にもなってきます。

実際、そのときも「全額保護されるかどうか」が不透明な間は価格が崩れかけました。でも、最終的に「全額保護される」と明らかになった瞬間、価格は元に戻った。こういう例からも、「信託していれば大丈夫」と単純に考えるのは危ない、ということがわかります。

これらも総合的に考慮した上で最近では、「資産は現金だけじゃなくて、安定性の高い国の国債で保有しよう」とか、国債保有などにしても「分散してリスクを減らそう」といった議論も活発になっています。発行上限が法律で定められていて突破には議会の合意が必要になるのにリスクフリー資産と扱われているアメリカ国債が、本当にリスクフリーかも疑わしい時代になってきましたし。

100%完璧に価値を守るのは、正直かなり難しいです。でも、「できるだけリスクを減らす」設計は可能だと思います。

たとえば、資産の保管先を複数に分ける、リスクの低い金融商品で運用する、あるいは制度面からガイドラインをしっかり整備する。そういった工夫が必要です。こうした委託資産の部分だけでも破綻した銀行における預金の全額保護を実現する在り方なども制度上大事になってくるでしょう。

実際、今ある法律もそうした「価値の安定性を高める方向」に少しずつ向かってきています。例えば、日本の資金決済法でステーブルコイン関連の部分もそういう側面があります。

──ブロックチェーンや暗号資産が社会に広がるには何が必要になるのでしょうか?

ブロックチェーンや暗号資産を社会にもっと広げていくには、単に技術が進化するだけじゃなくて、これまでのつまずきをちゃんと振り返ることが大事だと思います。私は過去に起きた3つの“ミス”をしっかり教訓として押さえておくことが大事だと思いますね。

ミス①:2018(平成30)年のモナコイン・ビットコインゴールド等の「51%攻撃」

まず1つ目は、2018(平成30)年5月に起きたモナコインやビットコインゴールド(ビットコインから分裂してできた1つ)などへの「51%攻撃」の問題です。これは「ブロックチェーンそのものも攻撃されうる」という現実を突きつけた事件でした。

それまでは、ブロックチェーンって「セキュリティの象徴」みたいに語られていたんですよね。実際にブロックチェーンなどの分散型台帳技術はセキュリティ強化の側面はあっても「完全に」問題無しという訳では無かったわけです。

とはいえ、取引所・交換業者が狙われることはあっても、ブロックチェーン本体は安全だ、という前提があった。でもこの出来事をきっかけに、「本当にそうなのか?」という疑問が広がった。「ビットコインのような大規模なチェーンはともかく、小規模なものは危ないんじゃないか」と。実際にその後2019(平成31)年1月には、(今のイーサリアムではなく)イーサリアム・クラシックでやられていますしね。

そこから、この場面で51%攻撃を許してしまった「Proof of Work」以外の仕組みにも注目が集まりましたが、たとえば代替的な手段の1つとして有名な「Proof of Stake」には、初期にたくさん持ちえた人が圧倒的に有利になるという構造がある。

つまり、後から参入する人にとってはハードルが高く、公平性を担保するのが難しいんです。ネットワークが広がりにくい要因の一つは、こうした仕組み上の課題にもあると思います。

ミス②:2019(令和元)年のFacebook「リブラ構想」の頓挫

2つ目は、当時のFacebook(現Meta)が2019(令和元)年に立ち上げた「リブラ(Libra)」構想の頓挫です。

元々はアメリカドルやユーロ、円、イギリスのポンドといった複数の法定通貨を組み合わせたバスケット型のステーブルコインにしようとしていたんです。これなら、どこかの通貨が暴落しても他の通貨がカバーしてくれるので、価値の毀損は限定的で全体としての価値は安定しやすい。そういう設計でした。こういう方法はシンガポール・ドルにもあります。

さらに、利便性という面でも大きな可能性がありました。たとえば海外のショッピングサイトにアクセスしたとき、「アメリカドルでいくら」と表示されていても、クレカ換算なら「今の為替レートだと日本円でいくらかな」と、いちいち計算しなきゃいけない。しかも「あと5分待ったらレートが良くなるかも…」なんて思っているうちに、買い時を逃すこともある。

でも、リブラが値札にも対応して「この商品はドルで○○、リブラで○○」みたいに固定表示されるようになれば、もっと直感的でスムーズに買い物ができるようになる。まさに国境を越える“共通通貨”としての可能性があったわけです。

もしあの構想が実現していれば、たとえばAmazonの決済ページに「日本円:¥○○/リブラ:LBR○○」って表示されて、国をまたいでリブラで買い物できる。そんな世界が当たり前になっていた可能性もあるんですよね。

でも結果として、どれだけ技術的に優れていても、それだけじゃ社会に受け入れられないということを示す結果になってしまいました。一般の人からは「完全にある通貨に連動している訳でないならステーブルではないよね」と言われ、通貨当局からは睨まれて結局はつぶれてしまいました。

ミス③:2021(令和3)年のエルサルバドルによるビットコインの法定通貨化とその後の後退

そして3つ目が、2021(令和3)年にエルサルバドルがビットコインを法定通貨に採用したケースです。

エルサルバドルは、中米にある治安のあまり良くない国で、内戦や経済停滞もあって、30年近くほとんど成長できていなかったんですね。

実際、当時の30年間の平均成長率は0.75%くらいで、日本の「失われた30年」(平均成長率0.82%)と同じか、それ以下。つまり、ほぼ経済が止まっていたということです。

エルサルバドルに話を戻すと、そんな停滞の中で2019(令和元)年にブケレ大統領が就任して、2021(令和3)年にビットコインを法定通貨に「加える」という大胆な政策を打ち出したんです。

実はエルサルバドルは2001(平成13)年からアメリカドルを法定通貨にしていて、今でも1米ドル札がそのまま使えます。アメリカドルの直接流通を残したままビットコインを第2の法定通貨に加えたわけです。ただ、国民の7割が銀行口座を持っていない一方で、携帯電話の普及率は8割に届く。このギャップが、ビットコイン導入の背景にありました。

つまり、多くの国民が銀行を使った国際送金を利用できない。でも、海外からの送金、特にアメリカからの送金を含めてGDPの2割以上を占めるほど重要なんですね。その手数料も高いし、受け取りに行った帰りに強盗に遭うことすらある。そんな状況だったからこそ、「ビットコインを使えば、もっと安全で安く送金できるのでは」という判断だったんですね。

しかも、国内には地熱発電があって、ビットコインのマイニングにも適している。そういう意味では、あくまで個人的な見方ですが、一定の側面では理にかなった挑戦だったと思います(選択肢として本当にビットコインが最適だったかはさておき)。

でも、いろんな問題が重なって、結果的にうまくいかなかった面がありました。たとえば、2021(令和3)年9月7日の導入日に、技術的なトラブルがあって公式ウォレットのリリースが遅れてしまった。配布予定だった30アメリカドル分のビットコインも、受け取る頃には価格が約2割下落して、実際には24アメリカドルくらいしか引き出せなかった。ビットコインが何なのか全く知らされていない中ではそりゃ「騙された」って思う人が出てくるのも当然ですよね。

さらにビットコインは価格の変動が激しい。入れたときと引き出すときで価値が違う。日本みたいに「出し入れする通貨での」ATMが整備されていて、現金も電子マネーも選べる国と違って、そもそも現金主義の国でレートが変わるものを扱うのは、相当難しい。相応のリテラシーが求められるんです。エルサルバドルの場合、現金からキャッシュレスにするリテラシーと、アメリカドルとビットコインのレートが変わることへの対処法という2種類のリテラシーが必要でしたが、エルサルバドルでは双方とも十分にリテラシー教育がされたとは決して言い難い状況でした。

結果、IMFからの圧力もあり、それまでやや曖昧になっていた部分の1つとして、国外などから新規参入する民間業者を含めて明確に「ビットコインに対応する必要はない」と方針転換がなされ、ビットコインの法定通貨としての意味合いは大きく後退しました。

──「通貨」にするには、あまりにもハードルが高い

ビットコインを法定通貨に加えようとしたエルサルバドルの事例が、結果的にうまくいかなかったことで、「やっぱりビットコインって通貨としては難しいよね」という空気ができちゃったんですよね。実際にビットコインを法定通貨に加える国はエルサルバドルと中央アフリカ共和国の他には出てきていません。そしてそれだけでなく、モナコインなどでの事例からブロックチェーンそのものへの信頼にも、少なからず傷がついたというのは否定できないと思います。

さらに、当時のFacebook(現在のMeta)が構想していたリブラのように、通貨圏を超えて使えるステーブルコインの試みも、結局は各国(通貨当局)の規制や反発によって潰されてしまった。つまり、通貨の代わりになり得るようなブロックチェーン・分散型台帳技術の構想は、挑戦されては潰されるという現実があるわけです。

そうなってくると、「本当にこれを社会に根付かせていく方向でいいのか?」と疑問を持つ人が出てくるのも当然だと思います。社会に受け入れられるためには、すごい技術があるというだけでは足りなくて、それが誰でも簡単に、しかも法的な意味も含めて安心して使えるものでないとダメなんですよね。

しかも、設計が複雑なままだと、結局一部の詳しい人しか理解できず、その他大勢からすると「なんか難しそう、自分には関係ないな」となってしまい、社会のインフラにはなり得ないんですよ。

そういう意味で、今のブロックチェーン業界は岐路に差しかかっているんじゃないかなと感じています。

──分散型=常に正義ではないという現実

そしてもうひとつ、大事な視点があって。それは「分散性」が常に必要とされるわけじゃない、ということです。

これはすごく重要なポイントだと思います。私自身も「分散性って、すべての領域に求められるものじゃないよな」とよく感じています。

Web3はもともと、「中央集権的な力から、個人が主導権を取り戻す」っていう思想で語られることが多かったですよね。旧GAFAのような巨大IT企業が情報を独占してることに対して、「いや、それは違うだろ」と。もっと自由でフラットな関係の中で、個人が主体的に参加できる世界をつくろうという、ある種“運動”的な側面もあったと思います。

でも一方で、TikTokなんかを見ていると、「分散なんていらない」「便利ならそれでいいじゃん」というニーズも確実にあるんですよ。

たとえば、TikTokは、自分で検索して動画を見るというより、AIがおすすめを勝手に流してくれるスタイルじゃないですか。その裏側では、自分の行動履歴がデータとしてがっつり使われてるわけです。でもそれを「ByteDanceが持っていても、便利なら別にいいよ」と思ってる人のほうが圧倒的に多い。こうした発想のままなら分散性なんて要らないわけです。

つまり、「データを中央が持つのは悪だ」「個人が完全にコントロールすべきだ」という理想論だけでは、今の世の中では通用しない場面もあるということなんです。便利さを優先する人にとっては、「ちゃんと使ってくれるなら、持っててもいいよ」と思えるわけです。

これからの社会では、「分散されたほうが良い領域」と「そうじゃないほうが便利な領域」がはっきり分かれていくような気がしています。

たとえば検索エンジンの話。多くの人は「検索」といえば、Googleを思い浮かべると思います。

検索は「とにかく早く・確実に欲しい情報にたどり着きたい」というニーズが強いから、便利な入口に集まりやすい。昔あったような、あちこちの検索エンジンを使い分けるなんて、むしろ不便になってしまう。

そうなると、「全部まとめてここで検索できればいいや」となって、結果的に利便性が求められる。もしその入口がAIになったとして、より的確な答えを返してくれるなら、「多少履歴やデータを使われたって構わない」と思う人が大半になる可能性もあります。

そうなったときに、「分散性って本当に必要なのか?」という問いが改めて突きつけられると思うんです。

──本質的な価値が世の中に広がっていくには?

やっぱり、Web3や分散型のブロックチェーン技術などが広がるには「なぜ分散性が大事なのか」とか、「なぜ個人に主権があるべきなのか」っていうことを、ちゃんと説明できないといけないと思っています。

分散型の仕組みって、慣れていない人にとっては正直面倒ですし、不便に感じることも多い。でも、それでも「この仕組みがあるから、私たちはこういう未来を目指せるんだ」っていうビジョンや希望を語れないと、結局“便利さ”の前にかき消されてしまうんですよね。

そうなれば、「分散じゃなくても別にいいよね、楽だし」っていう空気が主流になってしまうかもしれない。

Web3は、「個人の手に力を取り戻す」という思想が根底にあると思うんですけど、それが本当に社会に求められているのか、すべての分野に必要なのかっていう視点も、冷静に持っておくべきだなと。別に「個人の手に力を取り戻さない」ブロックチェーンなどの分散型台帳技術の発展の方向性はあるわけです。デジタル円やデジタル人民元などのCBDC(中央銀行デジタル通貨)・リテール型ってそういう応用の側面つまり分散性とは違う意味での分散型台帳技術の活用の可能性の面もある訳ですから。

ともかくもブロックチェーン技術を社会に広げていくには、その必要性を誰もが納得できるかたちで説明しないといけないし、それに加えて「ちゃんと便利であること」も重要です。思想だけでなく、ユーザー体験や設計のシンプルさも含めて、使いたくなる技術でなければ広がっていかない。

それでも「これには社会に根付く価値がある」と言えるような技術として育てていけるか。そこが、今のブロックチェーンを含んだ分散型台帳技術に求められていることなんじゃないかと思います。

──ブロックチェーン技術の可能性はこれまで広く語られてきましたが、社会実装という視点で見ると、制度や利便性といった“技術以外”の課題こそがますます重要になっていることを改めて実感しました。今回のお話を通して、技術の進化と社会の受け皿が噛み合わない難しさを感じると同時に、何より「便利で使いやすい設計」があってこそ、初めて広く社会に受け入れられるのだと感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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