米Circleは4月2日、開発中のレイヤー1ブロックチェーン「Arc」で量子コンピュータ時代を見据えた耐性に向けた方針と移行ロードマップを公表しました。USDCの発行企業が自社チェーンでポスト量子暗号への段階的な備えを打ち出したことで、ステーブルコインやRWA基盤の長期的な安全性をどう確保するかが改めて問われています。
Circleはこれに先立つ1月6日の公式ブログで、米国とEUの規制当局が重要インフラや国家安全保障システムに対し、2030年までにポスト量子アルゴリズムへの移行を求めていると整理していました。同社は、量子計算機が既存の公開鍵暗号を破る時期を「2030年まで」とみる議論に触れ、いま取得した暗号化データを将来解読する脅威にも言及しています。
Arcが今回示した計画では、メインネットの立ち上げ時点でポスト量子署名方式をオプトインで導入します。強制移行を伴わずに量子耐性ウォレットを作れる実用的な道筋を用意すると説明しており、既存ユーザーや機関投資家が段階的に移行できるようにしています。
ロードマップは短期・中期・長期の三段階に分かれます。短期では、メインネット始動後にプライベートステートを量子耐性の対称暗号で保護します。対象には残高、支払い情報、受取人情報が含まれ、USDCを含む決済や送金データの秘匿性を先に高める方針です。公開鍵暗号の全面移行よりも先に、将来の解読リスクが高いデータ領域から手当てしていく流れになります。
中期では、ノード運用や企業向け利用に関わるインフラの更新を進めます。アクセス制御の見直しに加え、秘密鍵管理で使われるHSM(ハードウェアセキュリティモジュール)もポスト量子対応を前提に刷新する方針です。USDCのような大規模なステーブルコイン基盤では、ウォレットだけでなく発行・償還やカストディ周辺の運用環境まで含めた整備が欠かせません。
長期では、バリデータ認証そのものをポスト量子署名で強化します。ここで問題になるのが署名サイズと計算負荷です。現在広く使われる署名は64〜65バイト程度ですが、NISTが標準化したML-DSAは署名サイズが2,420バイト、Falconは666バイトに達します。Arcはこの増加を踏まえ、ネットワークの仕様や運用を見直して性能を維持する方針です。
署名の増大は、量子耐性を掲げるだけでは解決できない実装上の負担を伴います。署名が大きくなればトランザクションのデータ量や検証コスト、ノード間通信の負荷が増します。Arcはオプトイン方式をとることで、必要な利用者から順に量子耐性ウォレットへ移行できるようにし、ネットワーク全体への負荷を一度に高めない考えです。
USDCとの関係では、Arc上でのプライベートトランザクション保護が重要になります。残高や送金先といった非公開データを先に量子耐性を持たせておくことで、将来の計算能力向上を前提にしたデータ収集リスクを低減しやすくなります。機関投資家やRWAプラットフォームでは、資産そのものだけでなく取引相手や決済履歴の秘匿性が重視されるため、今回の方針はチェーン選定の判断材料になるとみられます。
Circleは1月時点で、ブロックチェーン業界全体が2030年までの移行準備を急ぐ必要があるとしています。今回のArcの発表は、その議論を自社プロダクトに反映させた内容です。量子脅威の到来時期には幅がありますが、規制対応とデータ保護の両面から前倒しで備える姿勢が鮮明になりました。
参照:公式