長期にわたり上昇を続ける金(ゴールド)の価格。
物価上昇や国際情勢の不安など表面的な動きの背後には、「通貨とは何か」「価値の信頼とは何か」という、より本質的な問いが潜んでいます。
通貨の価値は国家や制度への信用によって支えられていますが、その信頼が揺らぐとき、なぜ金へと目を向けるのでしょうか。
今回は、武蔵大学 経済学部の茶野 努 教授に、「なぜゴールドは上昇を続けるのか ─ 通貨の信頼と本質をめぐって」をテーマにお話を伺いました。
プロフィール

茶野 努
武蔵大学 経済学部 金融学科 教授。
1987年大阪大学経済学部卒。1999年大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了、博士(国際公共政策)。住友生命保険相互会社および住友生命総合研究所を経て、1999〜2001年に九州大学経済学部客員助教授(任期2年)。
2008年9月より武蔵大学経済学部教授。専門は金融論・リスクマネジメント。
著書に『保険と金融から学ぶリスクマネジメント』(中央経済社、2024)、『基礎から理解するERM』(中央経済社、2020)ほか。
─近年、金(ゴールド)価格が上昇を続けています。その背景にはどのような要因があるのでしょうか?
金価格は、2000年代に入ってから上昇傾向が続いています。
その背景には、世界的な金融緩和の影響があります。金の価格上昇は、裏を返せば貨幣価値の低下を意味します。
また、金先物市場の構造も無視できません。金の供給には鉱山生産やリサイクルがあり、需要には宝飾品、産業用、金地金、そしてETF(上場投資信託)などが含まれます。
ETFは金価格の上昇によって投資需要をさらに押し上げる仕組みになっています。
さらに、中央銀行は2010年以降、従来の「金の売り手」から「買い手」へと立場を変えました。
こうしたETFや中央銀行による需要構造の変化も、金価格の持続的な上昇を支える要因となっています。
─世界的に金の保有を増やす国が増えています。こうした動きの背景には、どのような理由があるのでしょうか?
各国の中央銀行は、ドルやユーロなどの通貨に加えて、金を外貨準備資産として保有しています。
これは、特定の国で信用不安が生じ、通貨危機のリスクが高まった場合でも、金は価値の下落が比較的少ないためです。
2000年代以降も貿易のドル建てシェアはおよそ45%前後で推移しており、ドルの基軸通貨としての地位はいまだ強固です。
中国、インド、トルコといった新興国は金を買い越しており、とくに中国は国際通貨システムにおける米ドル支配に対抗する形で、金の保有を積極的に進めています。
─金価格の上昇は、「通貨への信頼の揺らぎ」を示しているという見方もあります。金と通貨の関係は、歴史の中でどう変化してきたのでしょうか?
金は希少性が高く、劣化しにくいことから、古くから鋳造貨幣の材料として利用されてきました。
ローマ時代の皇帝が発行した金貨は、現在でも骨董品として知られています。
しかし金は重く、持ち運びにも不便だったことから、やがて金との交換が可能な兌換紙幣を中央銀行が発行するようになりました。これが金本位制です。
金は長いあいだ、貨幣の価値を保証する役割を果たしてきましたが、1971年のニクソン・ショックによりドルと金の兌換が停止されます。
この出来事をきっかけに、金はそれまでの「貨幣の裏付け」から離れ、単なるコモディティ(商品)として扱われるようになりました。
─不安定な時代になると「金」などの実物資産に価値を求める傾向があります。なぜ金は、こうした状況下で特に信頼され続ける存在であり続けるのでしょうか?
金は人類の歴史の中で、安定して取引されてきた非常に信頼性・信用性の高い資産です。
さらに、金そのものが実物資産としての価値を持っている点も特徴です。
この点がビットコインなど暗号資産との最大の違いです。
たとえば、電子機器や歯科などの産業分野で使用されるほか、古来より宝飾品としても重宝されてきました。
近年では、中国やインドの経済成長に伴い、その需要がいっそう拡大しています。
また、戦争や金融危機といった不安定な時代においても、金は価値が下がりにくく、むしろ相対的に上昇する傾向があります。
そのため、リスク回避の局面では資金の逃避先として選ばれやすい資産といえます。
─今後、金価格や通貨の関係はどのように変化していくとお考えですか?あるいは金の役割はどのようになっていくのでしょうか?
世界的な金融緩和が今後も続くと見られるなか、金価格は引き続き上昇していく可能性があります。
ケインズはかつて金本位制を「未開社会の遺物」と批判しました。貨幣が金の保有量という制約から逃れられないと、機動的な金融政策が行えず、不況が深刻化すると指摘したのです。
現在は、金に縛られない管理通貨制度のもとで各国が金融政策を行っています。しかし皮肉なことに、そのこと自体が金の価格を押し上げる要因になっているともいえるでしょう。
