銀行振込やスマートフォンでの支払いは、すでに現金を使わずにできる。銀行預金も数字として管理されている。それでも預金をあらためて「トークン化」すると、何が変わるのか。
トークン化預金には、銀行の振替システムの外で利用者同士が支払うことや、証券の受渡しと代金の支払いをより効率的に結び付けることが期待されている。一方、複数の銀行の預金をどうつなぐか、融資によって預金が生まれる仕組みや、貨幣としての信頼をどう守るかも問われる。
今回、中央大学の近廣昌志先生に、預金をトークン化すると決済の何が変わるのか、銀行の「信用創造」を維持する理由、実用化に必要な条件について伺いました。
プロフィール

近廣 昌志
中央大学 経済学部 准教授
2001年に中央大学商学部金融学科を卒業。2011年に同大学大学院商学研究科博士後期課程を修了。博士(金融学)。2012年に愛媛大学法文学部専任講師、2017年に同准教授を経て、2022年4月から現職。研究領域は金融論・貨幣供給理論。
すでにキャッシュレスなのに、なぜ預金をトークン化するのか
――銀行振込もキャッシュレス決済も、すでに日常的に使われています。その中で、あえて銀行預金をトークン化する必要があるのはなぜでしょうか。
理由はいくつかあります。まず、銀行にとって現金の取り扱いは、デリバリー・ATMとそのシステムの維持管理で大きなコストがかかりますが、この削減が期待できます。

二つ目は、株式や債券の取引です。証券の受渡しと代金の支払いを結び付けるDVP(Delivery versus Payment)は今もあります。トークン化預金を使って名義の書き換えと支払いの連動をより効率的にできれば、取引の指示を付け合わせる手間や、決済までに残るリスクを減らせると思います。決済を単に早めるより、受渡しと支払いを確実に結び付けることが大事です。
――銀行のシステム上の課題に加え、証券決済で受渡しと支払いを確実に結び付けることも、トークン化を考える理由になります。
三つ目、そして一番のポイントは、銀行のシステムの外で決済をさせることです。銀行振込はすでにデジタル化されていますが、全銀システムなどのクリアリング機構で銀行間の帳尻を計算し、最終的には日銀ネットの振替によって最終決済が完了します。現金なら、1万円を下ろしてきて、相手に1万円を支払う。これは銀行の振替システムの外でやっているわけです。共通の仕組みが整えば、例えばスマートフォンで、みずほ銀行のトークン化預金を別の銀行の利用者への支払いに使える。銀行の振替システムを介さずに、利用者同士の支払いを完了できる仕組みを目指す。そこが一番のポイントだと思います。
これは現金の代わりとして考えられるものですが、現金は中央銀行から企業や個人にダイレクトに供給されるものではなく、民間銀行の預金が引出されて市中に出回ります。新たに中央銀行デジタル通貨(CBDC)の仕組みを構築するまでもなく、民間銀行の預金残高をトークン化すれば事足ります。現金に代わるものとして使うなら、匿名性をどう確保するかも大事な点です。
――現金のように銀行の外で使っても、中央銀行の貨幣ではなく、銀行預金として使うわけですね。
四つ目は、法定貨幣(リーガルテンダー)との関係です。ステーブルコインには、国債や金などを裏付けにするものもありますが、それらは完全にリスクのない資産ではありません。危機のときに、最後に誰が貨幣に責任を持つのかが問われます。平時ではステーブルコインは貨幣のように見えていても、いざとなったときに貨幣ではないものでは役に立ちません。
銀行預金は、いつでも法定貨幣を払い戻すという約束のもとにある信用貨幣です。国内で個人が使う現金の代わりとしては、私はトークン化預金が一番ふさわしいと考えています。
――通常の銀行振込では、口座の残高に反映された時点で、銀行同士の資金決済も終わっているのでしょうか。
銀行の預金口座にはリアルタイムで反映されていても、銀行同士の決済は別です。少額の振込では、全銀システムが銀行ごとの支払い(仕向:100万円)と受け取り(被仕向:80万円)の差額を計算し、その差額(20万円)を日銀当座預金で決済する時点ネット決済をしています。だから、利用者の口座残高がすぐ反映されることと、銀行間での資金のやり取りがすべて即時に終わることは同じではありません。1件1億円以上は取引ごとに処理する即時グロス決済(RTGS)が使われています。
銀行の決済は振替機構によって成り立っています。その振替機構の枠の外で、利用者同士の支払いを完了できるようにすることが、トークン化預金で目指す点ですし、時点ネット決済の銀行間エクスポージャーも削減可能になると思います。

トークン化預金とは何か。現在のデジタル預金とどう違うのか
――預金はすでにデジタルで記録されています。これをトークン化する場合、元の口座の預金残高はどう扱うのでしょうか。
二つ考えられます。預金残高を維持したままトークン化して流通させるやり方と、現金を引き出すときと同じように、預金残高を減らしてトークン化預金の残高をつくるやり方です。現金と同じように使うのであれば、預金残高を減らす方が現状には合っていると思います。
現金を持ち歩いて支払うには、盗難などの危険もあります。既存の預金をDLTで使えるようにすれば、現金を持ち歩くことで生じる危険を避けながら支払うこともできます。
二つの方法で異なるのは、貨幣の量の捉え方です。元の預金口座の残高を減らさず、同額のトークン化預金を発行する設計なら、トークン化預金の残高をマネーストックに含めるとその残高分だけマネーストックが純増すると考えます。一方、預金残高を減らして発行するなら、現金を引き出す場合に近い。現金を引き出すと、その分だけ預金は減ります。現金が銀行に戻れば、今度は流通する現金が減り、預金が増える。現金と預金が入れ替わるのであって、引き出しただけで両者の合計が増えるわけではありません。トークン化預金でも、元の預金と外で流通する分をどう対応させるかが重要です。
――元の預金残高を残す方法と、現金のように残高を減らす方法では、銀行側の決済の手間はどう変わるのでしょうか。
預金残高を残す場合は、銀行間での振替も必要になります。一方、現金と同じように元の預金残高を減らし、銀行のクリアリング(銀行間の支払額を計算・清算する仕組み)の外で利用者同士が支払う設計なら、その支払いに銀行間決済を介さずに済みます。現金と同じように使える方が、銀行の負担は少なくなるのではないかと思います。
「預金のトークン化こそキャッシュレスの本命」と考える理由
――銀行の外で使うなら、ステーブルコインやCBDCも候補になりそうです。その中で、先生が講演で「預金のトークン化こそキャッシュレスの本命」と掲げる一番の理由は何でしょうか。
一言で言うと、銀行が融資を通じて預金をつくる、現在の信用創造を壊さないことです。預金の使い方が変わっても、貨幣が生まれる経路は残せます。
決済の原点、行き着く先は預金の振替だと考えています。電子マネーやステーブルコインを別につくるより、市中銀行が生み出した預金残高そのものをトークン化して、銀行システムの外でも決済できるようにする方が、今の貨幣制度と親和的だと思います。
――預金をトークン化しても、融資を通じて預金が生まれる流れは残すということですね。先生が「今の貨幣供給の仕組みを壊してはいけない」と考える背景を、もう少し教えてください。
私が今の貨幣体系で重視しているのは、歳出のために貨幣を政府が自由に発行する仕組みにしていないことです。政府が資金を必要とするときには、国債を発行するか、税で集める。中央銀行は政府とは別の機関として、貨幣を供給し、貨幣の価値を守る役割を担っています。
政府が自ら貨幣を自由に出せるようになれば、人々はその価値を信頼しなくなるでしょう。ここで問題にしているのは、銀行預金を「信用貨幣」と呼ぶときの信用ではなく、貨幣制度そのものへの信頼です。その信頼が失われ、貨幣価値が下がれば、望まぬ形で物価が上がる(これが貨幣的現象としてのインフレーション)と考えています。
だから、政府と貨幣を発行する主体を分けてきたことが非常に重要です。私は、この枠組みを約200年かけて築いてきたと考えています。MMT(現代貨幣理論)で用いられる「統合政府」という見方には批判的です。政府と中央銀行は、それぞれ別の貸借対照表を持っています。両者を一体として捉えると、貨幣価値が棄損する恐れが生じます。政府と中央銀行の役割を分け、銀行が融資と同時に預金をつくる今の貨幣供給の経路を守りながらデジタル化するなら、その預金をトークン化するのがよいと考えています。
――政府・中央銀行・民間銀行の今の関係を維持するという観点から、ステーブルコインやCBDCと比べると、何が違うのでしょうか。
平時にうまく機能しても、危機が起きたときにどう対応できるかが重要です。ステーブルコインは裏付けに金や国債などを組み込む方式もありますが、それは完全にリスクフリーの資産ではありません。こうした方式では、危機時に中央銀行の「最後の貸し手」(LLR)の枠外である点を考えなければいけません。銀行預金は、法定貨幣をいつでも払い戻す約束に基づく信用貨幣で、既存の銀行制度の中で扱えます。
CBDCは中央銀行同士の国際的な決済には使いやすいと思います。一方、CDBCを国内の小口決済や現金の代わりとして使うことには慎重です。銀行預金をトークン化するなら、銀行が融資で預金をつくり、中央銀行が危機のときに銀行を支えるという、今の関係の中で考えられます。
――裏付け資産の価格が安定していることと、危機時に「最後の貸し手」が資金を供給することは、どう違うのでしょうか。
裏付け資産があることと、危機時に金融機関へ資金を供給できることは別です。後者が中央銀行の「最後の貸し手」の役割です。国債や金を裏付けにするステーブルコインは、法定貨幣をいつでも払い戻す銀行預金と同じではありません。
平時には価格が安定して見えても、ひとたび金融危機が発生してしまうと国内決済のみならず海外との取引で相手から支払いを受けられないなど、決済そのものが滞る可能性もあります。危機時には中央銀行の最後の貸し手機能しか頼れるものはありません。
さらに、ステーブルコインでの支払いに法律上の決済完了という効力を与えることには慎重です。法定貨幣(リーガルテンダー)でないものを貨幣と定義することは大変危険です。

決済の自動化で、何ができるようになるのか
――証券の受渡しと代金の支払いを結び付けるDVPは、すでに導入されています。トークン化預金によって、どの部分をさらに効率化できるのでしょうか。
DVP(Delivery versus Payment)では、証券の受渡し、つまり名義の書き換えと、代金の支払いをセットにします。今は昔のように株券を手渡すわけではなく、記録上で名義を変えています。代金の支払いを条件に証券の名義を変える。現在もDVPの仕組みはありますが、トークン化預金でこの連動をより効率的にできれば、別々に出した指示を付け合わせて検証する手間や、決済までに残るリスクを減らせると思います。商取引でも「発送しました・受け取りました」と「支払いました」を一体化することができます。
代金が回収できないかもしれないという不安を減らすことにもつながります。トークン化預金を金融取引の裏付けとして機能させられれば、決済リスク、ひいては信用リスクの低減も期待できます。
――証券の受渡しと支払いの連動に加え、上場株式の決済期間をT+2からT+1に短縮することには、どの程度の意味がありますか。
現在、国内の上場株式は取引日から2営業日後に決済するT+2です。T+1にするメリットはありますが、必ずそうしなければならないわけではないと思います。日本の金融機関はミスを許さず、取引の集計と照合に時間をかけます。アメリカではT+1で運用されていますが、T+2だからといって市場の競争力が落ちるとは考えていません。東証の上場企業の多くは東証にしか上場していないわけですし、各企業の優位性、収益性そして将来性がT+2に振り回されるものではありません。
特にデリバティブ取引のように、満期日が先になる取引や、建玉の残高決済が必要なもの、互いの取引額を差し引きして決済するものは、その計算に時間がかかるので、リアルタイムでの決済とは相いれません。決済期間の短縮よりはDVPの確実性の方が大事だと思います。

複数の銀行の「1円」を、どうつなぐのか
――複数の銀行がトークン化預金を発行しても、どの銀行の「1円」も同じ価値で使えるのはなぜでしょうか。また、銀行をまたぐ支払いには何が必要ですか。
銀行ごとの預金を同じ1円として扱う根拠は、銀行預金が法定貨幣を払い戻すという約束のもとにある信用貨幣だということです。みずほ銀行預金をトークン化した残高を、三井住友銀行の口座を持つ人に支払うなど、銀行の振替システムを介さず支払えるようにするには、それぞれの銀行が中央銀行を頂点とする金融システムのピラミッドの枠の中にいることを必要とします。銀行システムの外で支払・決済が可能になるといっても、法定貨幣である現金の支払約束である民間銀行の預金がトークン化されたものであり、トークン化預金の価値の出どころは法定貨幣の規定と既存の銀行システムなのです。
平時にどの銀行の預金も同じ1円として使えることと、危機時にも預金への信頼が守られることは、あわせて考える必要があります。一般の事業会社でも資産の部と負債の部の勘定科目は、それぞれ満期も流動性も異なるものです。銀行のバランスシートを見てもらえれば分かりますが、資産の部の中心は貸出資産と保有する有価証券で、負債の中心は預金者の名義になっている預金です。負債の部の顧客預金に相当する額の現金と日銀当座預金を保有しているわけではありません。それでも預金が決済手段として機能するのは、仮に危機が発生したとしても「最後の貸し手」として中央銀行が民間銀行に流動性を供給できる枠組みを持っているからです。
銀行の融資と「信用創造」は変わるのか
――預金が銀行の外でも使えるようになると、銀行が融資を通じて預金を生み出す「信用創造」は変わるのでしょうか。
信用創造そのものには影響しないと思いますし、むしろ影響させてはならないと思います。まず、ここで言う信用創造が何を指すかが重要です。銀行は、どこかから預かった預金をそのまま別の人に回しているわけではありません。私が重視しているのは簿記原理で考えることです。例えば私が住宅ローンを1000万円借りると、銀行の帳簿の資産側に私への貸出金1000万円が増えて、同時に負債側に私の預金1000万円が書かれて預金貨幣が創造されます。市中銀行が融資と同時に、自らの負債である預金をつくる。これが現実の信用創造であり、貨幣創造です。
個別の銀行が預金獲得競争を行うことと、銀行システム全体で新しい預金をつくることとは別の話です。例えば、A銀行の口座から別のB銀行の口座へ預金を移せば、受け取った銀行の預金は増えますが、送り出した銀行の預金は減ります。銀行システム全体で見れば預金残高は増えも減りもしません。社会全体として貨幣残高が増加する時は、民間銀行が企業や個人に融資を実行して新しい預金が創られる時です。
長年にわたり高校の教科書やマクロ経済学の教科書などで信じられてきた「本源的預金」を起点にする説明では、最初に銀行が100万円を預かり、10万円を準備として残して90万円を貸す。次の銀行が90万円を預かって81万円を貸し、これを繰り返せば預金が合計1000万円になるとされます。ただ、最初の100万円はどこかの預金残高が下ろされて現金化されたものに過ぎず、受け入れた銀行の預金残高が増えた分、預金が現金化された側の銀行の預金残高は減ります。その移動を銀行システム全体の貨幣創造と見ることはできません。私が重視する信用創造の起点は、銀行が融資と同時に借り手の預金を設定するところです。銀行実務が理解できれば、「本源的預金」も「派生的預金」もないのです。
この仕訳を起点に見れば、貨幣がどこで生まれたかが分かります。私が「貨幣の第一形態は預金」と言うのも、現代の貨幣供給メカニズムの話です。歴史的には現金の方が先ですが、今は市中銀行が預金をつくり、その後に現金が引き出されます。その意味で銀行券や硬貨は「貨幣の第二形態」です。中央銀行が発行する銀行券と、市中銀行がつくる預金は区別しなければいけません。トークン化預金は、すでに信用創造でつくられた預金を銀行の振替システムの外でも使えるようにする構想です。預金が生まれる仕組みそのものを変えるわけではありません。

――銀行が融資と同時につくった預金が、「信用貨幣」として使えるのはなぜでしょうか。また、先生がこの仕組みを「内生的貨幣供給」と捉える理由も教えてください。
銀行預金は、銀行が自らの負債として創り、法定貨幣を払い出すという約束に支えられています。この約束があるから、預金は信用貨幣として使われます。
銀行が融資と同時に預金をつくるのは、市場経済の内側から貨幣が生まれるということです。私はこれを内生的貨幣供給と捉えています。政府が市場の外から貨幣を投入する「インジェクションマネー」のような考え方とは違います。トークン化預金も、すでに銀行がつくった預金をデジタルに流通させる仕組みとして考えていますので、内生的貨幣供給の枠の中です。
普及に必要な制度と安全対策は
――銀行をまたいでトークン化預金を使えるようにするには、共通基盤や法制度、運用面で何を整える必要がありますか。
まずは、預金取扱金融機関全体で使えるプラットフォームです。個別銀行による実装は一部で始まっていますけれども、一行だけの成功ではなく、システム全体で交換できるようにしないといけません。各行が勝手につくって後で接続するのではなく、最初から全体で考える。
例えば日本銀行や全銀システムが中心になる形も考えられますが、運営主体は制度設計によります。銀行の枠の外で利用者同士が決済できる仕組みにし、一行のシステムに障害が起きたときも含めて全体の安全性を考える必要があります。これが一つ目です。
二つ目は法的な整備です。現在の預金は、振込で支払えば受け入れられていますが、日本銀行券や硬貨と同じ意味での法定貨幣ではありません。それでも支払いに使えるのは、いつでも法定貨幣を引き出せるという信用貨幣だからです。
預金をトークン化したら直ちに法的な問題が起こる、と考えているわけではありません。そのうえで、預金とトークン化預金が、法定貨幣を払い出す約束による「裏付け」を有するという法的な基盤を、将来的には明文化してほしい。トークン化預金にも貨幣としての定義を与えるのか、法定貨幣との関係をどうするのか、考えなければいけません。
三つ目は運用の問題です。決済のステータスを可視化して、残高と保有者に関して今どの段階にあるか分かるようにする。障害が起きたときのリカバリーとして、残高をどの時点へ戻すのかを決める。誰がどの取引をしたかというログを、誰の責任で保管し、その費用を負担するのかも必要です。DLTには、集中型システムの脆弱性を減らせる可能性があると思います。

証券決済から広がる用途と導入の条件
――共通基盤や法制度の課題も伺いました。実際の普及を考えると、まずどの分野から使われ、どのように広がっていくとお考えですか。
まずは株式や債券など、証券を中心とした金融資産の決済です。証券の受渡しと支払いをセットにするところから始めるのが、一番有力でしょう。
次は外国為替、そして輸出入など企業間の大口取引(ホールセール)です。国内よりも、時差のある外国との取引で決済を確実に結び付ける意味は大きいかもしれません。証券取引のDVPとは別に、国境をまたぐ取引では、一方の通貨を支払ったのに、相手から受け取るはずの通貨が届かないヘルシュタット・リスクがあります。1974年にドイツのヘルシュタット銀行が破綻したとき、相手方はドイツマルクを受取っていたのに、ニューヨークで受け取るはずのドルが時差のせいで届かなかった。現在ではCLS銀行を介してそのリスクを回避させていますが、国際通貨のトークン化が実現すれば、同時決済(PVP:Payment versus Payment)の面でも活用が期待されます。
貿易では、代金を受け取れないまま物を渡すリスクを抑える仕組みを必要としてきました。例えば自動車を輸出する場合も、銀行が支払いを約束する信用状(L/C)や、貨物の引渡しに関わる船荷証券を使って取引することで貿易が可能になっています。銀行同士が支払いの条件や書類を確認し、代金の回収と貨物の引渡しを実現させてきました。「払ってくれないなら物は渡さない」という関係です。トークン化預金で支払いとデリバリー(貨物の受渡し)にロックをかけてセットにできれば、銀行の仲介の仕方も変わるかもしれません。
日本円の国際的な存在感を考えると、円建てですぐ実現できるとは思いません。米ドルやユーロ建てのクロスボーダー取引(国境を越える取引)が先に進むかもしれませんし、米ドル建てのトークン化預金が普及すれば、そちらの方が使いやすくなる可能性もあります。外為での活用は企業間だけでなく、個人向け取引にも広がることが期待できます。国際取引で使うなら、早く取り組む意味もあると思います。
最初に挙げた証券決済を普及させるには、日本証券クリアリング機構の協力が必要です。銀行側が新しい仕組みをつくったから使ってください、と言うだけでは進まないでしょう。日本の証券市場にとっても、トークン化預金を使った方がよいと思ってもらう必要があります。清算機関にもメリットがなければ、現実的には進まないと思います。
それからコストです。現金には製造、輸送、保管、ATMの維持など、いろいろ費用がかかっています。個別の銀行だけではなく、市中銀行と中央銀行を含む銀行システム全体で、現金の流通費用を半減できるくらいの利点を示せるか。新しいシステムの方が高くつくなら普及しません。清算機関にとってのメリットと銀行システム全体での費用削減に加え、最終的には納税にも使えるようにすることが欠かせないと思います。
取材後記
銀行振込やキャッシュレス決済がすでに普及した今、預金をトークン化する意義はどこにあるのでしょうか。近廣先生のお話で軸になったのは、銀行が融資と同時に預金をつくる「信用創造」を保ちながら、その預金を銀行の振替システムの外でも使えるようにすることでした。証券や貿易で受渡しと支払いを結び付ける構想も、銀行がつくった預金をどう活かすかという問いにつながっています。
一方、実用化には、銀行をまたいで使える共通基盤や法的な位置付けを整える必要があります。清算機関にとっての利点や、銀行システム全体での費用削減を示せるかも重要です。取材を通じて、決済の新しい使い方と、それを支える制度や費用の設計を一緒に考える必要があると分かりました。

